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自分語り142 - さだまさし / 案山子


さだまさし / 案山子
さだまさし / ベスト (iTunes)

さだまさし / 案山子(かかし)

元気でいるか 街には慣れたか
友達出来たか
寂しかないか お金はあるか
今度いつ帰る

城跡から見下せば蒼く細い河
橋のたもとに造り酒屋のレンガ煙突
この町を綿菓子に染め抜いた雪が
消えればお前がここを出てから
初めての春

手紙が無理なら 電話でもいい
"金頼む"の一言でもいい
お前の笑顔を待ちわびる
おふくろに聴かせてやってくれ

元気でいるか 街には慣れたか
友達出来たか
寂しかないか お金はあるか
今度いつ帰る

山の麓 煙吐いて列車が走る
凩が雑木林を転げ落ちて来る
銀色の毛布つけた田圃にぽつり
置き去られて雪をかぶった
案山子がひとり

お前も都会の雪景色の中で
丁度 あの案山子の様に
寂しい思いしてはいないか
体をこわしてはいないか

手紙が無理なら 電話でもいい
"金頼む"の一言でもいい
お前の笑顔を待ちわびる
おふくろに聴かせてやってくれ

元気でいるか 街には慣れたか
友達出来たか
寂しかないか お金はあるか
今度いつ帰る

寂しかないか お金はあるか
今度いつ帰る

小学校を卒業したあたりから、普通の人が普通に出来ることを、自分が同じように普通に行えることに自信がなくなっていきました。ある時、学校でクラスメイトと喋っていて大きな声で笑ったら別のクラスメイトに「**でも、笑うことがあるんだ。」と言われました。それは自分が人からどう思われていたのかを思い知らされる瞬間でした。

時間が経つようになり、自分にも良いところは少しはあるのではないか、もう少し自信をもっても良いのではないのか、そもそもそんなにも減点評価ばかりしていては自分はどうにかなってしまうのではないか、等々色々考えられるようになったり、普通というものそのものへの考え方も少しは柔軟になってくるようになりました。

はじめてこの楽曲を聴いたのはいつだったのかわかりません。とにかく大泣きして、一人でうずくまっていた事を思い出します。どうしてこんなに素晴らしい、自分にとっては最高の二人から、このような欠陥人間が産まれるのか分からず、申し訳なくて、申し訳なくて仕方がなかったのです。

「手紙が無理なら 電話でもいい "金頼む"の一言でもいい」このフレーズが心から離れません。出来なかった普通のことを埋め合わせるために、その度に二人に助けを求め、自分が考えた普通になるためにその時その時にその助けを必死に踏みにじっていました。

当時はただひたすら申し訳なくて泣いていたこの曲が少しは違って聞こえるようになりました。最近になってやっと何か一歩進んだような気がしたからだと思えます。それは人から見ればその小ささに驚かれるような極小の一歩なのですが、ごく僅かに、ごく僅かながらに進んだような気がします。今聴いても結局は泣くんです、泣くんですが少し意味が変わってきました。嬉しい一歩ですね。それにしてもなんていい曲なんでしょうか。










自分語り141 - 古本が水濡れになる瞬間の悦び

血流関係のなんかしらのトラブルをやったことがある人ならば大概はそうするように、私達は長風呂かサウナに行けと支持される訳で、長嶋茂雄ぐらい活動的な人は違うだろうけれど、私達の大体は長風呂を選びます。

長風呂に入るようになって初めて気がつくのだけれど、世のお風呂暇つぶしグッズの大体は、こうして必要に迫られて購入されていくのではないかと思う。私の場合はどうしようか、音楽好きならばやっぱりここは水にも強い音楽プレイヤーを選択すべきなんだろうけれど、iPODの一つも持っていない私はやはりここでも音楽は選べない、そんなに全時間を使ってまで音楽に接してはいけない気がするのです。

じゃあという訳じゃないけれど、私は長風呂をしながら読書をします。日記の終わりには殆ど全てカタカナでフロドクショと書いてある。当然の如く本はしおしおになっていくわけで、私が読んだ本はかたっぱしから古本屋でいう「水濡れ」、買取価値ゼロになる。元々私は読みが荒いので行った所で平均79円なのだけれど、自分が読むことによって世の中にとっての流通価値がゼロになるのはやっぱり気になる。

無駄な努力をすることになるけれど、出来れば本に水が掛からないように気を付ける。無駄な努力というのは無駄だから無駄な努力というのだけれど、湯船にずっと使っていると口元に塩味が滴るので気持ち悪くなってぬぐう、必然的に本に水滴が飛ぶ。

30分も読んでいればそれだけでいればその時点で既に湯気で申開きの出来ないほどに「水濡れ」が出来上がっているのだけれど、この水滴が本に飛ぶ瞬間の虚無感というか破壊感は素晴らしい。フニャってるかな?いや、まだギリでフニャってないかな?いやいや、もう十分フニャてるだろう。そうはいってもまだ10円程度の価値はあるかもしれない。古本的価値が10円になるか0円になるかで悩んでる時点で、その書籍の古本的価値は殆ど無に等しいのだけれど、「フニャってない」「フニャっている」の差は凄まじい。

レコードだってそうだ、風呂場にレコードを持っていく奴はいないけれども。

この前ディスクユニオンにレコードを30枚ぐらい持っていったら、合計350円ぐらいだったのは衝撃的だった。でも友達がもっていった20枚ぐらいは8000円になっていたのには内心動揺していたはずだ。いや、あれはちゃんとディスクユニオン向けのディスコ・クラシックエレクトロ選曲だからそれだけの価値はあるはずだ。私が持っていったのはテクノクラシックも入っていたけれど、大体はハードトランスとかハードスタイルとかそんなもんだったはずだ。私のレコードは全てがフニャっている、水濡れしている。でもまだなんとかなりそうな気がするし、あんなに好きだったこのレコードが水濡れしてるはずがないと私達は信じている。

ぎっくり腰をやらかすと炎症を起こすため数日はお風呂を禁止される。当然フロドクショは日程からはずれる、そわそわする。いかん、今読んでいる本はまだ水濡れに至っていない、フニャっていない気がする。蒸気でも当ててみるか?水道水でも飛ばしてみるか?あぁやだやだ、ハードカバーは嫌に丈夫だから困る。今日は行きたいパーティーもあったのにパーティーどころか風呂にも入れやしない。

私は知らなかった。結局のところ、本が水濡れしてないとフニャっていないとむしろ心配な訳で、これって何を求めている訳でしょう。古本的価値がほぼゼロであるところを完璧にゼロにする喜び、ちゃんとフニャらせておく安心感。習慣というものは恐ろしい、何の意味があるのか全くわからない、でも今はこの瞬間が間違いなく待ち遠しい。ついでに言うと出来れば本それ自体は水に弱い、新書もしくはペーパーバックスが望ましい。ハードだとちゃんと水濡れしてるのか安心出来ないでしょ?















自分語り140-初めてLP/CD/MP3を見たときの違和感

Bleep StoreやBeatport等の「**年ベストトラックまとめ売り」を見ていると「それっていいのかな」みたいな非常に複雑な気持ちになってきます。ですがよく考えてみれば私もこれまでCDで「Best of Hardcore **」みたいなCDを死ぬほど、死ぬほど買ってきたわけで、むしろパッケージの利便性を考えればMP3の方が向いているような気がします。

しかしなんでしょうこの圧倒的な違和感。MIX CDのフルレングスLPを初めて見た時にも非常に違和感を感じました。MIX CDだと一枚で16曲ぐらい入るんですが、フルレングスLPだととってもゴージャスな折り返しジャケットに10曲ぐらいしか入らないんですよね。しかも大体片面3・4曲ぐらい入るので内側の曲に行くほど使いづらく、同じMIX CDなのに何という扱いの差だろうと思ったことがあります。

世代的に全くもってリアルタイムではありませんが、LPで聴くのが当たり前の時代の人がはじめてMIX CDを見たときの違和感とはどんなものだったのでしょうか。あ、いや、タイミングで考えるとコンピレーションCDの方が先でしょうか。そうすると初めてコンピレーション CDを見たときの違和感?そんなこと言い出すと初めてCDを見たときの違和感とかの話になりそうで止まりません。こういう人はリアルに沢山いると思うので今度詳しく聴いてみたいと思います。

BLEEP BEST OF 2009 / 100曲30ポンドまとめ売り(販売期限切)
Bleep Store Best of 2009

MP3の話に戻るとまとめ売りです。Bleepでは100曲まとめ売りをしていました。誰の曲が入っているか、どんな曲かは全部聴けて分かるのですが、下のリンク(Bleepストア2009年ベストアルバム集)と上のリンク(100曲まとめ売り)では全然気分が違いますよね。

Juno Download / The wishmaster DJ CHART

Juno Download等ではDJ CHARTの販売をやっています。雑誌のDJ CHARTみたいなアレをダウンロード販売と直結してそのまま売る訳です。中々押す人はいないと思いますが「Buy Chart」というチャートをまるごと買うボタンがあります。

これと100曲まとめ売りも全く気分が違います。実際あんまり売れてないのかGABBAの項目にはこのチャート一つしかありませんでした。JUNOで売っている×GABBAである(ここまでの二つで相当偏ってる)×自らのお薦めであるというフィルターは流石に濃すぎるのでしょうか。

Beatport Chart

ハードコアで考えると偏りすぎますね。beatport等ではどうでしょう。チャート販売って一度も使ったことが無いのでちょっとピンと来ませんが、Junoのそれよりは圧倒的に「Buy Chart」をしたくなる画面構成になってます。尤も、それって中身をあんまり見なくてもこの人の一押しだから一気に買いたいということなのでそれならばMIX MP3を買った方が自然ですし、中身を見ないで買える人ならそもそもDJのMySpaceに行けば無料のMP3の一つや二つはあるような気がします。

4140814047クリスアンダーソン / フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略
★★★★★


そんなことを考えいていたらクリスアンダーソンのフリーを思い出しました。最初クリスアンダーソンって誰?って思ったんですが「ロングテール」という言葉を最初に言い出した凄い人と言う事で買ったみたんですが、めちゃくちゃ面白かったです。私達が普段「なんとなく」で感じている無料配布の不思議を、**型**型ときっちりと類型化してくれていて膝を打ちます。

物凄く論理的で、物凄く新しい話ばかりでとても面白いんですが、如何せん殆ど全て自分の知らない世界の話で、それぞれのお話は「**業界では」という実績を元進められているのでそれがどのぐらい各業界の人にとって府に落ちる話題なのかよくわかりません。

何度もいいますが面白いんですこの本、めちゃくちゃに面白いんです。しかし音楽業界での成功例での話になるととても府に落ちなくなります。具体例はやっぱりマドンナ・レディオヘッドです。この話ってよく出るけど嘘みたいなもんだと言い切っていいような気がします。

いや、マドンナ・レディオヘッドは実在する人物だから嘘じゃないんですが、あぁ、違う、こんな話がしたいんじゃなくて、えぇと、なんでこんな話になっちゃうんでしょうね。MP3のまとめ売りの話からこんな話になってしまいました。言いたいことは全然ちっともこんな話ではなくて、これだと何だかダウンロード販売を否定してるみたいな話になってしまう。ダウンロード販売の方が圧倒的に使っているし、自分の中でもクリスアンダーソンの本は非常に面白かったのにすぐにこういう話になってしまう。

なんででしょう、なんなんでしょう。ダウンロード販売の可能性やライブ事業の考え方として凄く面白いと思うのに、いざダウンロード販売のまとめ売りを見てしまうだけで何故こんなに違和感が急激に増すのでしょうか。ライブで儲けている人を殆ど一人も見たことがない、儲かっているイベンターを殆ど一人も見たことがない。これまでの形式からこれからの形式までの形式差が凄すぎて頭がまるでついていきません。

クリスアンダーソンのフリーの中身は99.9%が音楽業界意外の話です。自分達が知っている範囲外の話なら「面白い!凄い!」とこんなに喜んで読めるのに、自分達がほんの少しでも知っている範囲に話が及ぶと途端に府に落ちなくなる。もしかして殆どの人がこの本を自分達とそれ以外の業界の話としてそうやって見ているのではないでしょうか。概念と現実のギャップが凄まじすぎる。

音楽=楽譜であった世界の人々は音楽=レコードになった世界がどう見えたのか、演奏家達にはラジオがどう見えたのか、レコードシングルがMIX CDになるとどう違って見えるのか、宣伝コピーが「オリコン一位」から「レコチョク一位」になるだけで、コンピレーションMP3がMP3まとめ売りになっただけでこんなに世界が違って見えてしまう。

本を読んでいると(外から見ると)、その移り変わりをリアルタイムで体験してる人達がみんなその方向に動いているように見えるのに、いざ体験してみると(内から見ると)リアルタイムで体験した人々がテンで違う価値観でそれぞれの行動をとっている。

恐ろしい程面白い、2010年今現在日本の関東は東京でこんな移り変わりが見えるなんて、私達はなんて運がいいんでしょう。念を押しますとこのお話、何かを訴えたい訳ではありません。こんなこと、思い悩んでる振りでもしなければ書けたものではない。





自分語り139 - 何故テクニクスは絵的に「凄い」のか

「DJソフトも作曲ソフトもこれ以上進むとすれば統一規格だ。」

というお話を聞いてなるほど、と思いました。イベントに出演してみると、日を追うごとに演奏機材が増えていきます。ちょっと前であればテクニクス(定番ターンテーブル)が二台とパイオニアM(定番ミキサー)があればイベントは万事成り立ちましたが、CDJ50からCDJ1000に到るまでの新しいCDJという楽器というポジションが登場して必要な配線が二本増えてしまいました。

この前ラウンジで出演してびっくりしましたが中期パイオニアMは4チャンネル目がタンテもしくはCDJではなく、タンテもしくはサブマイクという回線なのですね。え、なんでって一瞬思いましたが、ターンテーブル二台が主流の当時としてはこれは非常に豪華なことだったんでしょう。ターンテーブル三台とマイク二本を想定して作ってある豪華なミキサー。

確かに相当豪華です。でも十年も経ってしまうと「え、これCDJ二本入らないの?」と思えてしまうのだからおっかないですね。そんな風になると思って作られていないのですね。ですが時代の流れとはもっともっとおっかないものらしく、最新のパイオニアMですら足りません。足らないのはCDJではなくPCDJ。

テクニクス二台とCDJ二台とパイオニアM一代、この時点で相当邪魔です。でもこの前のイベントではこれに加えて、えぇと...トラクター・トラクター・ライブ機材・ライブ機材・ライブ機材・エイブルトン・セラート・セラート、多分もっとあったと思いますが把握出来ません。

全然足らないんですね。本当はそのためにパッチベイで解決するのでしょうが、「短い紅白しか持ってないから」とか「セカンドフロアだし」とか「面倒だし」とか総合的かつ合理的な理由でミキサーに刺したり抜いたりします。何かがおかしい、そこで今こそ統一規格だ。


仕組みを知らなければ凄いと思うことも出来ない、
弦楽器・打楽器は一目見て誰もが仕組みを理解出来た気になれる。



音楽は音を楽しむだけではありません。楽器で演奏をする時、その楽器でその演奏が出来ていることそれ自体が凄いと納得出来なければ私達はイマイチ盛り上がれません。物凄い熱いピアノ演奏とテクニカルなギター演奏と汗だくのドラム演奏、これが私達が何の説明もなく盛り上がれる演奏です。ではクラシックオーケストラの指揮者は?これはギリギリです。凄いとも思えないし上手いか下手かも私達には判断できませんが「熱い」ぐらいはなんとか伝わってきます。


円盤が廻っているという仕組みが一目で分かる



その点、テクニクスはクラブミュージックの世界でそういった演奏の凄さを「ギリわかる」範囲で伝えてくれるものだと思います。仕組みが単純だから見るだけで凄いことがギリギリでわかります。殆ど99%のDJは次の曲をヘッドフォンで聴いて繋ぐだけですし、合理合理というならばPCでやった方が音楽的には確実に上手くつながっているのですが面白くない。


「円盤を模して造っている」という仕組みを知らないと凄さが分からない



PCでやった方(更にいえばPCでやらなければ出来ない程独特の演奏をする人は更に極一部)が音楽的には素晴らしいことはわかっているのに、何故テクニクスの方が格好良く見えるのか、それはテクニクスなら凄さなら私達にも「ギリでわかる」からではないでしょうか。


演者自体の手元が見えない、もし手元が見えても
もはや同じ仕組で演奏したことがあるもの同士で、
かつ後ろから回り込んでギリ分かる凄さ。
(しかも手元のPC画面が只のJPG静止画ではないという保証はないので、
凄いと思うその思い自体が思い込みかもしれない)



ここには技術の進歩が進化すればする程凄くなくなっていくバトルDJ達の苦悩も見えます。バトルDJの演奏はターンテーブルしかなかった時代には誰が見てもとりあえず凄かった(あなたも「DJをしてます」と言って「こういうの?(スクラッチの真似)」と言われた経験をお持ちのハズ!)。

ですが、技術が進めば進むほどターンテーブルでは出来なかった沢山の個性的な音を奏でることが可能になってしまったので、テクニクスバトルDJ達は「 何故あえてそれを不便なテクニクスで演奏し直しているのか」を絵的に説明出来なくなってしまいました。


円盤が廻っているという仕組みは理解出来ているのに、
(PCDJに置き換えてしまうとボタン連打で代行出来てしまうため)
こんなに大変な思いをしてここまでの実演が出来る「必然性(つまり凄さ)」が、
私達普通の人にはよく分からない



サマーソニックのDJケンタロウの演奏は実に不思議な光景でした。ターンテーブルではこういうことが出来ますという実演を一度して、その後に技術の進歩でこれが出来ますと重ねて実演して、更に今日はこんなことまでやってしまいますということを3部構成で実演していました。

ここで肝心なのはスクリーンで実演の様子を細かく見せること、リアルタイムであることを証明すること。もし手元が見えなかったりエディットされたVJであったりしたら大変です。リアルタイムという説明がなければ、何故あんなに複雑なことをわざわざテクニクスで実演しなおしているか説明出来ないからです。実演する必要性を説明出来なくなったら凄さ自体が説明出来なくなります。そうなってしまったらターンテーブルの実演なんてただ円盤が廻っているのを止めたり戻したりしてるだけです。リアルタイムであるということはズルをしていないということです。凄いということを説明するためにズルくないということを先に証明する必要が産まれました。

ということで絵的に凄い統一機材が求められています。私達はPCDJやライブ機材の技術が進歩し過ぎていて、もはや何が凄いのかわからなくなりつつあります。かなりマニアックな人同士でならTR-909/303の実機持ち込みの「凄さ」はわかります。ある程度作曲が好きならエレクトライブの光り輝く実機持ち込みの「凄さ」はわかります。でも、CDJの「凄さ」はあんまりわかりません。そしてセラート・トラクター・エイブルトン(が駆動しているということさえ知らなければもはやそれはDELLと書いてあるかリンゴが書いてあるかという程度の違い)の凄さは私達にはもはやほぼわかりません。テクニクスは絵的に私達が理解出来る最後の「凄さ」になるのでしょうか。

なんだか書いててよくわからなくなってきました。段々なげやりになってきました。クラブミュージックが技術的に進化した今、クラブミュージックを絵的に凄く魅せるにはどうしたらいいのでしょう。




マック専用かつiTunes専用DJ用ソフト djay
vestaxが放つiPod/iTunes連結によるdjソフト、15日間無料。誰もが待ち望んだ神秘のズルさ、「自動スクラッチ」を搭載。このぐらい自動でやってくれれば普通の人にも「凄さ」が伝わるかも?でもこの場合「凄い」のはあなたなのかそれともリンゴなのか?

と、その専用コントローラー







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現在はVersion 3のデザインを元に2008年10月31日より記事表示方法を変更したVersion 3.5です。

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