さだまさし / 案山子
さだまさし / ベスト (iTunes)
さだまさし / 案山子(かかし)
元気でいるか 街には慣れたか
友達出来たか
寂しかないか お金はあるか
今度いつ帰る
城跡から見下せば蒼く細い河
橋のたもとに造り酒屋のレンガ煙突
この町を綿菓子に染め抜いた雪が
消えればお前がここを出てから
初めての春
手紙が無理なら 電話でもいい
"金頼む"の一言でもいい
お前の笑顔を待ちわびる
おふくろに聴かせてやってくれ
元気でいるか 街には慣れたか
友達出来たか
寂しかないか お金はあるか
今度いつ帰る
山の麓 煙吐いて列車が走る
凩が雑木林を転げ落ちて来る
銀色の毛布つけた田圃にぽつり
置き去られて雪をかぶった
案山子がひとり
お前も都会の雪景色の中で
丁度 あの案山子の様に
寂しい思いしてはいないか
体をこわしてはいないか
手紙が無理なら 電話でもいい
"金頼む"の一言でもいい
お前の笑顔を待ちわびる
おふくろに聴かせてやってくれ
元気でいるか 街には慣れたか
友達出来たか
寂しかないか お金はあるか
今度いつ帰る
寂しかないか お金はあるか
今度いつ帰る
小学校を卒業したあたりから、普通の人が普通に出来ることを、自分が同じように普通に行えることに自信がなくなっていきました。ある時、学校でクラスメイトと喋っていて大きな声で笑ったら別のクラスメイトに「**でも、笑うことがあるんだ。」と言われました。それは自分が人からどう思われていたのかを思い知らされる瞬間でした。
時間が経つようになり、自分にも良いところは少しはあるのではないか、もう少し自信をもっても良いのではないのか、そもそもそんなにも減点評価ばかりしていては自分はどうにかなってしまうのではないか、等々色々考えられるようになったり、普通というものそのものへの考え方も少しは柔軟になってくるようになりました。
はじめてこの楽曲を聴いたのはいつだったのかわかりません。とにかく大泣きして、一人でうずくまっていた事を思い出します。どうしてこんなに素晴らしい、自分にとっては最高の二人から、このような欠陥人間が産まれるのか分からず、申し訳なくて、申し訳なくて仕方がなかったのです。
「手紙が無理なら 電話でもいい "金頼む"の一言でもいい」このフレーズが心から離れません。出来なかった普通のことを埋め合わせるために、その度に二人に助けを求め、自分が考えた普通になるためにその時その時にその助けを必死に踏みにじっていました。
当時はただひたすら申し訳なくて泣いていたこの曲が少しは違って聞こえるようになりました。最近になってやっと何か一歩進んだような気がしたからだと思えます。それは人から見ればその小ささに驚かれるような極小の一歩なのですが、ごく僅かに、ごく僅かながらに進んだような気がします。今聴いても結局は泣くんです、泣くんですが少し意味が変わってきました。嬉しい一歩ですね。それにしてもなんていい曲なんでしょうか。





